襖の引き手

引き手とは

襖の引き手

引手とは襖の開け閉めに欠くことのできないものです。長い歴史の中で、形、色、材質とさまざまな意匠が施されてきました。
しかし本来の目的から、決して離れることなく現代に引き継がれているのは、引手が「実用の美」の典型ともいえるからでしょう。
古い文献などを見ると、昔の引手のほとんどが革か紐でできており、あるいは金物に糸を通したものであることが、わかります。この流れは、今日の神社や寺院などに用いられている御殿引手に見ることができます。
いつごろから現在のように、襖の上に溝を切り、引手を取り付け、指をかけて、襖の開閉をするようになったのか定かではありません。ただこのような襖の引手の意匠が、隆盛を極めたのが、安土桃山時代に大名たちが盛んに城造りや寺院の建立をした時と一致するのは、当然のことでしょう。
この大名たちの豪華絢爛さに対し、文人、茶人たちは違った方向で、利休好み、遠州好み、と小粋な趣味のものを生み出していきました。この二極ともいえる両者の影響を受けながら、引手は現在に至ったといえます。
引手の美は、大きな平面の上の唯一の美的アクセントとして、小さな影を創り出していることにあります。この小さな窪みが、どれだけ襖の美しさを浮き立たせるかが、引手本来の担う役割であり、また、その美しさを引き出すことが、インテリアに携わる人たちの仕事でもあると、いいかえられるでしよう。
引手の材料は、銀、銅、真鍮、鉄などの金属が多く用いられていますが、木竹、磁器などもあります。木製の素材には、桑、黒柿、黒檀、チークなどがあり、最近では縁と同様に素材の木目を生かしたものもよく見られます。
数ある金属の中でも、特に銅と真鍮は、その金属特有の柔軟さからくる、加工、色仕上げの良さで定評があります。職人たちの技術に素直に応えてくれるということでしよう。
引手製作の技法は、日本の他の伝統工芸と何ら変わることはなく、むしろ伝統そのものといえます。「意匠を決め、素材を選ぶ。截る。曲げる。叩く。削る。磨く。燻べる。煮る。塗る。」・・・実にさまざまな工程を経て、ひとつの引手が生まれてきます。こうした伝統的な引手の作り手たちも今では、東京と京都で数人しか残っていないと、いわれます。
四方を縁で囲まれた襖紙の上に、取り付けられて初めて、命を与えられる引手。熟達した職人の手から生まれ出る引手ゆえに、鳥の子の柔らかさに似合う優しさを持っているのでしょう。金属や木と和紙との取り合わせ、この全く異質なもの同士が、なんの違和感もなく見事に溶け合えるのは、その作り手の心が同じだからに他なりません。まさしく、これが日本の伝統工芸の原点のひとつであるといえます。

引手の役割

引手は襖を開け閉めする際に手を掛ける器具という実用面と、上貼りの柄を引き立てて和室全体のアクセントになるという装飾面との二つの役割を果たします。
なお「引手」というのは、引き戸形式の襖に用いられるものをいい、開き戸形式のものは「取手」といいます。

引手のデサイン

引手のデザインは、じつにさまざまで、既製品として市販されているものだけでもゆうに、1,000種類は超えます。
歴史的には、いろいろな意匠の引手が使われだした安土桃山時代(16世紀後半)の豪華な御殿引手や、七宝の引手、桂離宮の月文字引手、四季の手桶引手、折松葉の引手などは、いずれも香り高い芸術品として、現在に伝えられています。
その形は、丸形、楕円形、角形、長方形、木瓜形、利休形などに大別されますが、昔からもっとも多く使われる形は、丸形と楕円形です。
それぞれ、丸形は丸、角形は角、楕円形は玉子、または小判、菱形は利休、と通称で呼ばれます。

引手のデサイン

手を掛ける部分の周りを座といい、それがついた引手を座物と呼びます。丸座・角座・花座・透かし入りなどがあります。
デザインによっては、一対になったものもあり、引き分け、または4枚立の中央に用いられます。茶室の太鼓襖には、切引手(組子の小間のひとつに引手板を斜めに入れ、その上から上貼り紙を貼って引手としたもの)を用いるのが一般的な決まりになっています。

引手のデサイン

引手の大きさ

ひとつの引手に、いくつかの大きさがそろっています。一般的なサイズの襖に用いられるものは、大、相中(あいちゅう)、中、小で、その上に大大、特大があります。特に小さなサイズに豆と呼ばれるものがあります。

引手の材質

材質によって金物引手と木地引手に分かれ、木地引手には木目の美しさを生かした生地のものと塗り物とがあります。
金物引手の材質は金、銀、赤銅、黄銅、洋白、真鍮、鉄、アンチモニーなど。
木地引手は黒檀、竹など。その他、最近ではプラスチックをはじめ、いろいろな素材が使われています。これらのうち、鉄、プラスチックなどを素材とする普及品は、ほとんど機械によって製造されていますが、高級品の引手は現在も職人の手によってひとつひとつ手で作られています。

金物の色仕上げ

金物引手の色仕上げには、くすべ、煮込み、錆づけ、漆塗り、メッキ仕上げ、などの方法があります。

(1)赤銅=漆黒〔くすべによる加工法〕

よく磨いた銅または真鍮地金を、杉の葉、檜、松の鉋屑を燃やした煙に燻べる。これを何度もくり返し、煙の中の煤とヤニを丹念に付着させる。高級引手の代表的な色仕上げである。本来、赤銅とは銅と金の合金で、硫酸銅、緑青、明礬、水の混合液で煮込むことによって美しい紫黒色となるものであるが、引手では、くすべで色付けしたものを赤銅という。

(2)素銅=オレンジ色〔煮込みによる加工法〕

よく磨き出した銅地金を、緑青、硫酸銅を入れた銅鍋で、時間をかけてじっくり煮込む。イボタ、透漆、ニスで仕上げる。くすべ、漆塗りと同じく伝統的な色付け方法で、仕上がりは、薄い朱色になる。

(3)宣徳=からし色〔煮込みによる加工法〕

よく磨き出した真鍮地金(銅7、亜鉛3)を緑青、硫酸銅、水の混合液で時間をかけてじっくり煮込み、透漆、ニスで仕上げる。こくのある落ち着いたからし色になる。中国・明の時代、宣徳3年(1428年)に作った銅器が、宣徳の起源で、そこからこの名が由来しているといわれている。

(4)ドイツ・ブロンズ=濃いグレー〔煮込みによる加工法〕

よく磨き出した真鍮地金を、沸騰した蒸留酸ソーダで3分ぐらい煮込む。仕上がりは落ち着いたグレーになる。

(5)南部鉄=鉄錆色〔錆づけによる加工法〕

赤土をどろどろに溶いた中に、鉄の引手をつけ、取り出して炭火であぶる。この工程を20回位くりかえすと、きれいな鉄錆色が出る。

(6)潤朱=焦茶色〔漆塗りによる加工法〕

漆に松煙と弁柄を加え、丹念によく混ぜたものを、銅または真鍮地金に数度に分けてよく塗り込み、時間をかけて弱火で焼き付ける。この色仕上げも伝統的な方法で、漆独特の味わいが幅広く好まれている。

(7)ごろさ:五郎三=あずき色〔漆塗りによる加工法〕

漆に弁柄を加え、丹念に混ぜ合わせたものを銅または真鍮地金に数度に分けてよく塗り込み、時間をかけて弱火で焼き付ける。
五郎三という名は昔の職人の名前に由来したものである。

(8)メッキ仕上げ

各種金属をメッキ仕上げにした引手の種類も多様です。

  • 「紫古美(むらさきふるび)」「銀古美」「蓬莱色」⇒銀を下地に各種薬品で着色し、仕上げる。
  • 「赤銅メッキ」「銅古美」「古美」⇒銅を下地に各種薬品で着色し、仕上げる。
  • 「仙徳メッキ」⇒真鍮を下地に各種薬品で着色し、仕上げる。
  • 「金メッキ」⇒純金を溶かして王水に変え、電気メッキする。
  • 「銀メッキ」⇒純銀を溶かし、電気メッキする。

木地の色仕上げ

木地引手には、木の風合いを生かした生地のままのものと漆塗りのものがあります。

(9)生地を生かした引手

木質を生かした生地引手材質には、角(かく)の塵落としによく使われる桑、黒柿、黒檀など。特殊なものとして、竹の節を使ったものがあります。

(10)漆塗りの引手

「花塗り」「目はじき塗り」「拭き漆」「溜め塗り」「蝋色磨き仕上げ」など、縁の漆塗りと同じ手法で引手がつくられます。

(11)その他

最近ではプラスチックをはじめ、陶器など、いろいろな素材が使われています。

木地の色仕上げ